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zoom RSS 「西住戦車長」今昔

<<   作成日時 : 2018/07/29 10:20   >>

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4年ほど前に軍神・松尾敬宇中佐の所縁の地を廻ったが、「軍神」と呼ばれる人なら熊本にもうひとりいるのでその所縁の地を廻って来た。
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(めど町橋からの緑川)


場所は緑川沿いの甲佐町。大井手沿いの街並みから
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少し外れると一面の田圃がひろがる中にある「西住(にしずみ)公園」。
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ここに顕彰されているのが、国産初の戦車「八九式中戦車」の司令塔(キューポラ)から身を乗り出す軍神・西住小次郎大尉の像。
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その後ろには自ら嗜んだという和歌や、敬愛した吉田松陰の歌碑も控え目に建っている。
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公園内には「陸軍少年戦車兵学校同窓一同」による記念樹も植えられていて、共に闘った戦友の絆の強さを感じさせる。
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西住小次郎は大正3年、甲佐町仁田子に生まれた。甲佐尋常小、
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(現在は町立甲佐小学校)
旧制御船中を経て、
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(現在は県立御船高校)
陸軍士官学校に入学。昭和12年に支那事変が勃発すると久留米戦車第一連隊の小隊長であった西住小次郎中尉(死後大尉に昇進)は前線に配属され、昭和13年5月17日に徐州郊外のクリーク(運河)を渡河中に流れ弾に当たって戦死するまでの間、30回以上の戦闘に参加した。
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西住中尉が指揮した戦車には千発を超す被弾痕があったと伝えられる。
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軍の意向を受けて菊池寛が執筆した小説「西住戦車長伝」が
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東京日日新聞・大阪毎日新聞に連載され、1940年(昭和15年)松竹により映画化され、上原謙(加山雄三の父)が西住役として主演している。
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戦時中、壮烈な戦死を遂げた多くの軍人が神格化されたが、軍から公式に「軍神」として指定されたのは西住が最初であった。
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太平洋戦争末期、西住と同じ戦車第1連隊の機甲兵将校だった作家・司馬遼太郎は、戦後『軍神・西住戦車長』というエッセイを発表し、「西住小次郎が篤実で有能な下級将校であったことは間違いない」と認めつつも、「この程度に有能で篤実な下級将校は、その当時も、それ以後の大東亜戦争にも、いくらでもいた」とし、それにも関わらず西住が軍神になりえた理由を「彼が戦車に乗っていたからである」「軍神を作って壮大な機甲兵団があるかのごとき宣伝をする必要があったのだ」と推察している(Wikipediaより)。


戦後70年を過ぎ、西住戦車長の武勲を知る者は地元の熊本でも少なくなってきた一方で、西住戦車長の知名度は一部の若者を中心に急上昇しているらしい。
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人気アニメ『ガールズ&パンツァー(通称、「ガルパン」)』の影響だ。
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この「ガルパン」とは、大和撫子の嗜みとして「茶道」や「華道」ではなく、戦車による模擬戦である「戦車道」を極めようと奮闘する女子高生達を描いたもの。
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その主人公は熊本出身の「西住みほ」で、戦車道の流派を「西住流」と設定している。
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(当然ながら彼女も「軍神」と呼ばれている)


わたしなんぞから言わせると、「はぁ?」というようなストーリー設定であるが、Wikipediaによれば、「兵器である戦車を女子高生たちが運用するという、男性のアニメファンにアピールするようなミリタリーと萌え要素を併せ持ちつつも、死者の出ない戦闘とスポーツものの約束事を踏襲した物語が描かれ、戦争と死といった背景から切り離された戦車戦を描いている」ような所がウケているらしい。

「西住みほ」が郷里・熊本を回想するシーンでは、まさに西住公園の周辺のような景色が広がって描かれている。
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こうして西住公園は、「ガルパン」ファン達の『聖地巡礼』の地として注目されるようになった。
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(胸像の横には「ガルパン」ファンが置いたと思しきフィギアが並ぶ)

これにはさすがの「軍神」もビックリしていることだろうね。
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本日の走行距離:ちょうど50.0q

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コメント(12件)

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「ガルパン」、初めて知りました。
「はぁ?」を通り越して「わけわからん」世界です。
前半の西住小次郎大尉巡りよりインパクト強すぎでした^^
みきたか
2018/07/29 17:20
胸像かと思いきや、戦車から身を乗り出した姿ですか。
そう言われれば、胸像もいろんな見方が出来ますね。(笑
ガルパンの主人公は熊本出身ですか。
見たことは無いですが、機会があれば。
1008
2018/07/29 20:09
みきたかさん、こんばんは。
アニメ好きの次男によれば、「ガルパン」はとても有名なんだそうで、アニメの世界では女子高生との組み合わせは戦車の他に戦艦とか、銃とか、刀とか色々あるそうです。ワケが分かりませんね(笑)。
のぶ
2018/07/29 20:18
1008さん、こんばんは。
西住戦車長の銅像は逆光だったので顔がよく写ってませんが、大変イケメンでした。失礼ですが、写真の西住戦車長はイケメンには見えませんでしたので、ひょっとすると上原謙に顔に似せたのでは?と思ってしまいました(笑)。
「ガルパン」はYouTubeにアップされたのを少し観ただけですが、やっぱり「はぁ?」と思ってしまいました。わたしの感性もすでに時代遅れになったようです(泣)。
のぶ
2018/07/29 20:23
西住小次郎大尉初めて知りました。
ガルパンも初めて知りました。日本のアニメ文化は想像のはるか上を行きますね。
アニメを通じて歴史に興味を持つのも良いとは思いますが、萌えキャラにしてしまう感性がおっさん世代には解らない。
読み逃げ屋
2018/07/29 20:48
読み逃げ屋さん、こんばんは。 西住小次郎の事はたまたま知っておりまして、女子高生が戦車を運転するフィギアがあるのは知っていましがた、「ガルパン」の事や、「西住みほ」の事は熊日のニュースで初めて知りました。戦車の模擬戦では実弾らしきものを使っていて戦車には被害がでるものの怪我人がまったく出ないというのは、「ご時世」と言えば「ご時世」なのかもしれませんね。
のぶ
2018/07/30 07:34
西住小次郎さん、初めて知りました。
しかし、それを基にアニメ「ガルパン」で広まるのは良いかもしれませんね。
個人的には「田の神さぁ」も是非広まって欲しいです(笑)
「たのかんギャル」?みたいな(*´Д`*)ハァハァ・・
田の神様の表情や姿がギャルみたいな…(*´Д`*)ハァハァ・・
ヘイホー
2018/07/30 19:50
ヘイホーさん、こんばんは。
「田の神さぁ」を萌えキャラとコラボさせるとすると・・・・うーん、やっぱりわたしめの貧弱な発想力からは限界があります(泣)。しかし、薩摩の「田の神さぁ」は、それぞれ地元にしっかりと根付いたものですから、そっとしておいてあげたい気もしますね。
のぶ
2018/07/30 21:10
のぶさんのブログ記事を見て、先日の日曜日に聖地巡礼?してきました。西住家の実家が熊本だったのはこれが理由だったんですね。
田園の中にポツンとあり、暫し風に当たりながら田園風景を眺めていました。
いつもブログ記事楽しみに読ませていただいています。
hori
2018/08/08 23:42
horiくん、こんばんは。
おおっ!horiくんは「ガルパン」のファンなんですね。「西住公園」、ほんとにのんびりして良いところですね。あ、わたしが訪問した時は生憎、蚊が多かったです。
horiくんだったら、九州内の聖地巡礼なら大概の場所は自転車で、日帰りでも大丈夫そうですね(笑)。
のぶ
2018/08/09 21:48
89式中戦車や、太平洋戦争に突入したときの最新式の97式中戦車は、開発したときは、破竹の戦車戦で有名なドイツの1号戦車や、2号戦車と戦車のハードウエアとしては大差はありませんでした。ただし、ドイツはこれを大量に保有し、無線で連絡を取りながら、進軍する点で、大きな違いがありました。また、ドイツの戦車は、その後、ものすごい勢いで進化しますが、日本の戦車は全く進化しませんでした。日本の戦車の悲しい特徴は、装甲の薄さで、大量に保有していた95式軽戦車にいたっては、7.7mmの機関銃の弾は跳ね返すが、12.7mmの機関銃の弾は貫通してしまうほどでした。記事にもでてきた司馬遼太郎は、大阪外大 モンゴル語科卒で、戦車兵として、戦争に参加しています。そのときの体験談も含めて、歴史と視点に、いろいろ、書いていますので、一読をお勧めします
日本の戦車は弱かった、、
2018/08/16 08:04
スイマセン、上記の書き込みはにしひがしが、書きました
にしひがし
2018/08/16 08:06

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