朽ちゆくものたちへ

ロードバイクであちこち走っていると、現役を退いた車両の姿を見かけることがあるが、(松尾東小学校近く)中にはドライバーが速度違反を起さないように注意を喚起しているものや、(城南町の店先) (泗水の日田街道沿い)モニュメント的な働きをしているものも見かける。(ご存じ「四季の里」のウォンバット号) しかしながら、中にはその家の敷地…

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長崎のO3達と阿蘇を走る

長崎のTeam O3(おっさん)からY下さんとKawaBさんとが連休を利用して来熊し、昨日は熊本のTeam O3のみきたかさん、1008さん、motteaさんとチポリーノに行かれ、本日は皆で阿蘇を走られるので、久しぶりに御一緒することに。 車載の1008さんにピックアップしてもらい、午前8時過ぎにすで第一駐車場が満杯になりつつある…

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雨なのでスライドショー

ドローンで空撮した動画を編集しようと、今年の7月だったか「PowerDirector」という動画を購入。 ところが夏は連日酷暑だったこともあり、空撮の時間も惜しんで暑くなる前のライドを愉しんだため、空撮の動画はほとんどなし。 そうこうしているうちに、動画編集ソフトの使い方もすっかり忘れそうになるので、撮り貯めたデジカメの画像…

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人の名前のつく橋めぐり

先日、矢部の浜町まで行った帰り道、県道221号線の軍見(ぐみ)坂を下ったところにある橋の親柱に恐竜のレリーフが刻まれているのをデジカメに収めていたら、その橋の名が「木倉太郎兵衛橋」であることに気づいた。 木倉太郎兵衛は、江戸初期の寛永・天和の頃、およそ四十四年間にわたり木倉郷の惣庄屋として木倉、御船、滝尾の各村に合計九ヶ所の用…

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「浜線」の「浜」

先日、二の井手沿いの旧・浜線を走った時、「ところで、何で『浜線』って言うんだ?」という疑問が湧いた。(こちらは浜線バイパス沿いの看板) その道が日向往還であることから、「ひょっとして・・・」と思って調べたら、案の定、「矢部の『浜町』に至る道」ということで「浜線」となったことが判明。 そんなこともあり、矢部の浜町へ。 …

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白川沿いの慰霊碑めぐり

台風対策の合間に、気分転換に1時間弱のポタリング。 白川右岸の世継橋から少し川下に入った所にある緑地公園。 その一角に大洋デパート火災の遺族が建てた慰霊碑がある。 1973年11月29日午後1時15分に発生した大洋デパートの大火災では103名もの尊い命が失われた。 遺族らは犠牲者の七回忌を機に1979年、この…

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台風なのでメンテ

台風9号の影響で午前中は天気が悪く、愛車のメンテ。 通勤に使っているクロモリロードバイクのホイールは4年前に自分で手組したもので、久しぶりにメンテをした。 何せ、「一度はホイールを自分で組んでみよう!」と、おフランス製のリムと、スイス製のスポークに、日本製のニップル、それに車軸のハブも日本製、ちなみにタイヤはドイツ製と国際色…

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晩夏の俵山峠

矢部まで行くつもりで早く起きたんだけれど、何やかにやしているうちに時間が経ってしまったので、行先を俵山峠に変更し、朝5時頃にカーボンロードバイクで自宅を出発。 国体道路を東へ走っていると次第に空が明るくなってくる。 菊陽に入って田舎道を走り、高遊原台地に上がり鞍岳や八方ケ岳を北に見ながらさらに東へ走ると空が朱色から黄金色にな…

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「大井手」から「二の井手」を散策

阿蘇山を水源として有明海に注ぐ白川。その白川で最大の「渡鹿堰」。「土木の神様」と呼ばれる加藤清正が着手したこの堰に隣接する菅原神社の境内には清正が工事を指揮した際の腰掛石が残されている。 渡鹿堰から取水された「大井手」は、大江、新屋敷、九品寺を流れて、「井手口」で白川に戻るまでの2.7㎞の間に一の井手(6.2㎞)、二の井手(6.5…

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朝ポタ金峰山

早起きして阿蘇方面へ行こうかと思っていたけど、それほど早く起きれなかったのでカーボンロードバイクで金峰山方面へ。 ゆうかファミリーロードを走っていると東の空が明るくなってきて、境内に湧水のある太郎迫神社を経由して、県道101号線で坂を上る。 東の空には薄く雲が掛かっていて、期待していた日の出は見ることができなかったけれど、そ…

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アートポリスな宇土ハン

先日、宇土半島の海岸を走る道路沿いにある「くまもとアートポリス」の建築物を廻ったが、宇土半島の内陸部にもいくつかあるようなので「宇土ハン(宇土半島半周)」して廻って来た。 前回と同じく早く出発して同じ道を走りながら移ろう朝焼けを眺める。 海岸沿いの国道266号を走って三角へ。戸馳大橋のちょっと先を右折してアップダウンしながら…

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「終戦の日」の夜ポタリング

「終戦の日」の今日も暑い一日だった。 陽が落ちてからクロモリロードバイクで出かけて夜の街をポタリング。 新町から坂を上って藤崎台球場の横にある熊本県護国神社へ。 先の大戦での県関係の戦没者を始め、自衛官、消防員など公務で殉職した英霊を祀るこの神社では毎年終戦の日に「英霊追悼祭」が行われ、夜は境内の提灯に火が燈る。 …

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下流域の堰めぐり

東の空が明るくなり出した5時30分頃クロモリロードバイクで出発し、先週に引き続き、熊本市の渡鹿から小島までの白川下流域を走って4つの堰を廻った。 自宅からペダルを漕いで5分ほどの「渡鹿堰」。 慶長年間に加藤清正が築造したと伝えられる白川水系最大規模の水利施設であり、大江方面に「大井手」と呼ばれる用水が伸びる。そこからさら…

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アートポリスな宇土イチ

久しぶりに宇土イチ(宇土半島一周)をしたくなったんだけど、宇土半島の海岸を走る幹線沿いには「くまもとアートポリス」の建物がいくつかあるのでそちらも廻る事にする。 朝4時過ぎにカーボンロードバイクで自宅を出発。 出水ふれあい通りから画図の田舎道を走り、中ノ瀬橋から加勢川沿いの道を下流へ走り、県道182号線を南下しウキウキロード…

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中流域の堰めぐり

菊池郡大津町から菊陽町にかけての白川中流域の水田は、阿蘇火砕流の堆積物によって地下水をかん養しやすい地層となっており、熊本市およびその周辺の地下水かん養に重要な役割を果たしている。(休耕田への水はりには熊本市や関連企業からの補助金も) そんな白川中流域には、川の水を引き込むための六つの堰と七本の井手(用水路)が造られており、「六堰…

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涼を求めて吉無田高原

いつのまにやら日の出も遅くなってきており、ようやく東の空が白み始めた5時半前にカーボンロードバイクで自宅を出発。 今日も暑くなりそうなので、涼を求めて吉無田高原を目指す。 京塚、健軍自衛隊を経由して、新型コロナの第二波襲来に奮闘する医療機関にエールを送って南下。 浮嶋神社を経由し、御船の街並みを抜けて国道445号線に入…

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梅雨明けの野出峠

熊本もやっとこさ梅雨明け。 早起きして準備して、5時半頃自宅を出発し金峰山を目指す。 鎌研坂を上ろうと島崎町に入ると、前輪に違和感を感じ、止まるとタイヤの空気が抜けている。 近くにあった某地銀の駐車場に入り前輪を外し、タイヤを調べてみるとゴマ粒ほどの大きさのガラス片がタイヤに刺さっていて、どうもそれが原因らしい。 …

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暑熱順化のウトハン

天気予報によれば朝は走れそうなので午前6時過ぎにカーボンロードバイクで自宅を出発。 太甲橋を渡って白川沿いの道を走っていると、目指す金峰山方面は灰色の雲の中にスッポリ。 梅雨明け後は猛暑日の毎日が予想されるので、暑熱順化のために少しでも負荷をかけた走り方をしようと坂道を上るつもりだったけど方針転換。 そのまま白川沿いを走り…

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ライドの新たな愉しみ

朝の内なら天気がもちそうな予報なので、早起きして準備をして午前6時頃にクロモリロードバイクで自宅を出発。 太甲橋から白川沿いの道に入り、下流方面へ。小島を過ぎると川沿いから離れて、熊本港方面へと進み、海路口の海岸道路へ。 少し走って沖新4番港近くの海岸へ。 本日サコッシュに入れて持ってきたのは、バッテリーを含む本体総重…

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その花の名は?

ひと雨毎に濃くなる通勤路の緑。 立田山中腹を走る北バイパス沿いには多くの植物が繁茂してきているが、残念ながらそのほとんどの名前さえ知らない。 そんな植物の中でも、ペダルを漕いでいるうちに印象に残った花については、せめて名前を知りたくて、ネットで『夏 赤い花』などのキーワードで画像検索をかけて並んだ画像から似た物を選んで調べる…

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