テーマ:史跡

ちらっと立田山散策

午前中、少し時間があったので、清水万国町の方から立田山へ。 「立田山憩の森」に入り、「お祭り広場」や「サクラ池」を過ぎて、さらに坂を上がり、「龍田霊園」と「立田山墓地」を抜けて「春の森」を過ぎると、「五高の森」に入る。(探鳥を愉しむ一団) そこの道端に建つ「堀内伝右衛門屋敷跡」が目に入る。 堀内伝右衛門は細川綱利の家臣…

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宝永隧道ポタ

江戸時代に造られた用水路「築地(ついじ)井手」などからなる熊本県菊池市の「菊池のかんがい用水群」が先月、「国際かんがい排水委員会(本部・インド)」が認定する「世界かんがい施設遺産」に登録された。 「世界かんがい施設遺産」は、灌漑(かんがい)施設の歴史の理解や保全を図る目的で、建設から100年以上経過し、農業などの発展に貢献した施設…

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「木村の後に木村なし」

朝、クロモリロードバイクで職場にでかけ、ひと仕事済ませ、昼過ぎから用事があるので川尻までポタリング。 市街地を抜けて白川沿いの道を走る。(十禅寺付近の白川堤防:大雨の際はよろしくお願いします) そして新幹線沿いの道を南下する。 秋季大祭で賑わっている河尻神社を過ぎて町の目抜き通りへ。 川尻町は鎌倉時代から加勢川河口の…

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「解脱墓」・・・三角西港余話

朝6時頃にクロモリロードバイクで出発し、久しぶりに宇土イチに出かける。 いつもと反対廻りすることにして白川沿いの遊歩道を走り、九州新幹線の高架橋沿いの道を南下。 川尻、走潟を経由して住吉から国道57号線に入る。 路側帯の白線の突起に難渋しながら網田、太田尾、赤瀬を過ぎて三角西港へ。 山の手側には旧宇土郡役所庁舎や…

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熊本市の切支丹

熊本県内の切支丹史跡は天草地方に集中しているが、その他の地域にも散見される。 これまでに菊池、山鹿、宇土、八代、に残る史跡を廻ったが、今日は熊本市内に残るものを観に花岡山周辺を廻る。 折角だから早起きして午前5時半頃クロモリロードバイクで出発し、午前6時頃には花岡山の頂上へ。 北からの強い風に流される阿蘇の噴煙の、彼方…

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林桜園の足跡辿って・・・

ネットの検索で色々なことが判る時代になったけど、実際に脚を運んでみて初めて分かることも多い。 先日のサイクリングで玉名市の八嘉(はっか)小学校の前を通りかかった時に、地区の史跡の案内板が眼に入った。 その中に「林桜園」の名前を見つけた。 林桜園(おうえん)は鷹のような鋭い眼をした大男で、その下唇は顎を覆うほど垂れた特徴…

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道路元標まとめ

グーグルマップを眺めていて見つけた白川公園の「熊本市道路元標」。 1919年(大正8年)の旧道路法制定後に、道路の起終点として全国の市町村名に設置されたもので、熊本県では当時、約360基の道路元標が主に役場の前に設置された。その後、1952年(昭和27年)の改正道路法によりその役目を終わり、県内の多くの道路元標が取り除かれたも…

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奥阿蘇の史跡巡り

熊本に残っている「道路元標」めぐりも、旧阿蘇郡に残るふたつになった。ひとつは宮地で、もうひとつが高森の野尻村なので、カーボンロードバイクを車に積んで、午前4時半頃出発。 二重の峠を越えて、阿蘇市一の宮町の某所に駐車して準備を整え、阿蘇神社門前の水基巡りの参道でボトルに湧水を入れて、午前6時頃にサイクリングを開始。 参道から南…

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人吉・球磨の戦争遺産

戦争体験者ではないんだけれど、やっぱり毎年8月になると心の中に「戦争」が浮かびやすい状態になってくる。 これまでに熊本市およびその周辺の戦争遺跡はおおよそ廻ったけども、人吉球磨地方にあるものをいつか廻ろうと思っていたので実行することに。 クロモリロードバイクをN-Boxに詰め込んで、高速道路で人吉へ。 人吉城の駐車場に…

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「暮の坂」と「御手水の森」

梅雨も後半に入ったと思った途端に中休み。わが家は七月盆なので、送り盆のための墓参りの準備を済ませた後、1時間程ポタリング。加藤清正関係の史跡なら、大概廻ったつもりであったけど、地元ケーブル局の番組「ひご散歩」で、下硯川に「暮の坂」という史跡があるのを紹介していたので、探しに行った。場所は西里小学校近くの、県道31号線(熊本田原坂線)と県…

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鉄眼禅師ライド

一日中雨が降ったり止んだりの予報だったけど、午前10時頃になったら空も少し明るくなってきて、家の前の道も乾いてきたので10時半頃にクロモリロードバイクで宇城市小川町を目指して出発。 出水ふれあい通り経由で画図の田舎道を走り、中ノ瀬橋、めど町橋を渡り、城南の旧道を走っていたら昼飯時になってきたので、国道沿いの移転した「エベレストキッ…

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明治天皇の足跡めぐり

元号が令和に代わって、ちょっとショックだったのは遂に天皇陛下が自分より年下になってしまった、と言うこと。 そんな令和天皇の4代前の明治天皇が熊本に残した足跡が市内のあちこちにあるので、ちょっくら廻って来た。 明治天皇が熊本へお越しになったのは明治5年(1872)と明治35年(1902)の2回。 最初の巡幸は明治5年の西…

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八代の切支丹

朝の用事を済ませて、午前9時半頃、久しぶりのカーボンロードバイクで自宅を出発し、八代を目指す。 めど町橋を渡り、国道266号線、県道313号線、312号線を走り、小川を抜けて、氷川の森口商店のアツアツの焼万十で栄養補給。 旧・薩摩街道を走って八代に入り、JR八代駅の駅前にある「ミック」でカツカレーを堪能。 その後、八代…

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宇土の切支丹

朝の用事を済ませて、10時半過ぎから宇土を目指してクロモリロードバイクを走らせた。 これまでに菊池と山鹿の隠れ切支丹の史跡をレポートしたけど、宇土にも切支丹関係の史跡があるので探してみる。 宇土市街地に入る頃には昼飯時になったので、先ずはNicoで腹ごしらえ。(「灼熱のタギール・カレー」はスパイスたっぷりのチキンカレー) …

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堀内豊秋大佐伝

連休なんだけど、時間がとれずに、昨日と今日で近場をポタリング。 四方寄(よもぎ)町にある「御馬下の角小屋(みまげのかどごや)」は、江戸時代に同地で質屋や酒屋を営み、庄屋をしていた堀内氏(養子縁組で一時「赤木氏」)の住宅であるとともに、豊前街道を往来する細川・島津などの大名が休憩所として使用したお茶屋の跡であり、歴代薩摩藩主の他、篤…

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熊本の「タタラ場」めぐり

わたしの愛用しているロードバイクのフレーム素材は「クロモリ」。 鉄に少量のクロムモリブデンを混ぜた合金である。ロードバイクのフレームとしては重く、競技には向かないものの、乗り心地がしなやか。 よく考えてみると、「鉄」は人間の身体に不可欠のものであり、「鉄器」は人間の文明と共に歩いて来た歴史がある。 しかし、個人的には、…

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美女伝説の平川淀姫神社

合志市の竹迫(たかば)は、玉名・植木から阿蘇方面へ向かう古道と、菊池から益城・御船方面への古道が交わるところで、交通の要所として栄えた。(竹迫日吉神社) そんな竹迫から、現在は県道49号線となっているかつての古道を東へ走って行くと、あちこちにお地蔵さんなどが道行く人たちを見守っている。 杉水の集落を抜けて県道を右へ逸れてさら…

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竹崎季長ライド

「蒙古襲来絵詞」が17年振りに里帰りして、「くまもと文学歴史館」で展示会をやっていたので先日、見に行った。 (展示会場の外廊下に掲示された「蒙古襲来絵詞」のフォトコピーの長さは合計で40メートル) そこに描かれていた竹崎季長(すえなが)の事を色々と調べて、その所縁の場所を探索しに数日前は宇城・甲佐を、今日は玉名・和水をロード…

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「草枕の道」ライド

高校の同級生で、教職の傍ら夏目漱石の研究を続けてきたM女史は、その功績が認められ、現在、天水町にある「草枕交流館」の館長をしている。さらにM女史は偶然にもわたしの家内と同じ大学の同窓生で、この度、その大学の同窓会の熊本支部会の主催で「草枕」の講演会をするというので聴きに行く。 講演会の場所はその「草枕交流館」で、家内を含む参加者の…

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懐良(かねなが)親王ライド

南北朝時代の肥後の国と言えば、菊池武光公が思い浮かぶが、忘れてはいけないのが懐良(かねなが)親王である。 菊池や八代で「懐良親王」の名前の載った案内板を何度か見たことがあったので、ネットで事前調査して、数日前の木曜日に菊池、そして今日は八代へライド。(めど町橋にて) 14世紀の鎌倉幕府滅亡後、朝廷は足利尊氏側の北朝と後醍醐天…

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道路の起点めぐり

グーグルマップで熊本市街地を調べていたら、白川公園に「熊本市道路元標」という史跡があることに気づいたので行ってみる。 朝6時頃にクロモリロードバイクで出発し、明午橋を渡って、白川公園へ。 国道3号線に面する入口のところにちゃんと立っていた。 側面には「大正十三年三月建設」と彫られている。 ここらは小さい頃から数え…

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「西住戦車長」今昔

4年ほど前に軍神・松尾敬宇中佐の所縁の地を廻ったが、「軍神」と呼ばれる人なら熊本にもうひとりいるのでその所縁の地を廻って来た。(めど町橋からの緑川) 場所は緑川沿いの甲佐町。大井手沿いの街並みから少し外れると一面の田圃がひろがる中にある「西住(にしずみ)公園」。 ここに顕彰されているのが、国産初の戦車「八九式中戦車」の司令塔…

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「寂心さん」経由「あんたがたどこさ」ポタ

今日は色々と用事もあるけれど、週末雨予報なので、少しでもロードバイクで走ろうと練習がてらに金峰山へ。 藤崎八幡宮経由で県道1号線、県道31号線を走り、貢町から「ゆうかファミリーロード」を走るり、硯川で県道32号線を横断して「ゆうかファミリーロード」を外れ、「寂心さんのクスノキ」へ。 今年4月15日に放映された「所さんの目がテ…

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坪井川歴史散策

折角の好天なので、どこぞへロングライドに行きたいところだけど、家内の実家のある高橋町へ行かねばならない用事ができたので、ついでに坪井川を河口から街中まで辿る事にする。 河口までは金峰山を抜けて行こうと言う話を、昨日職場でしていたところ、同僚のピナ朋が便乗。 と言う訳で、午前7時半に鍛冶屋のセブンイレブンで待ち合わせ、(筋向か…

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「阿部一族」めぐり

森鴎外の短編小説「阿部一族」は熊本藩主・細川忠利(ただとし)公の病没の際に君主の許しを得ずに殉死した家臣とその一族の悲劇を通して、形骸化した武士道の掟の理不尽さを描いている。 この小説は、寛永20年(1643年)に起こった史実を元にしたものなので、小説に登場する人物や出来事の所縁の地を数回に分けて廻ってみた。 過去に撮っ…

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「軍都」の痕跡探し

態本は1871年に鎮西鎮台の拠点が設置されて以来 、熊本鎮台、第六師団の本営が置かれ、維新直後から第二次大戦の敗戦に至るまで約70年間にわたって軍事拠点(軍都)であり続けた歴史を持つ。 (西南戦争当時の熊本鎮台司令長官・谷 干城) その中枢は熊本城およびその周辺に置かれたが、連隊の兵営や演習場のいくつかは私が住む保田窪の周辺に置か…

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宇土半島・南阿蘇コネクション

寒い一日になる予報だけど、今日は立春なので頑張ってサイクリングに出かける。 宇土半島と南阿蘇には一見何の関係もなさそうだけど、「歴史的に関係ある」という話なので確認しに宇土半島へ。 午前8時過ぎにクロモリロードバイクで出発し、画図の田舎道を走る頃には暗雲が立ち込めてきて、めど町橋を渡って緑川左岸を川下へ走っていると雪がびゃん…

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「肥後の名君」ポタリング

午後から紅葉見物がてらにクロモリロードバイクで島崎の「三賢堂」へ。 三賢堂は、熊本市の政治家・安達謙蔵(1864年11月22日~ 1948年8月2日)が熊本市民の精神修養の場として昭和11(1936)年に建立した円筒二重層の鉄筋コンクリートのお堂である。(事前に熊本市文化振興課に電話すると鍵を開けておいてくれます)その内部には肥後…

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くまもと塘めぐり(続編)

全国でも熊本だけに多い、「塘」のつく地名を巡るポタリングの続編。 前回は熊本市内の「塘」に所縁のある場所を廻った。 その他にも熊本県内には宇城から八代にかけての干拓地に、「沖塘」、「堺塘」、「太牟田塘」などの地名が残っている。 また、山鹿市坂田の菊池川沿いには、そのまんま「塘」という地名や、大津町の上井出沿いには「塘町…

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氷川~八代・樋門めぐり

先日、不知火干拓地を見て廻った時に「大鞘樋門群」を見たが、その他にも文化財クラスの樋門がいくつかあるようなので見に行くことにする。 いつものように出水ふれあい通りを通り、画図の田舎道を抜けて中ノ瀬橋を渡ってすぐ右折。加勢川沿いを走って県道182号線を左折。緑川を渡って南下し、右折してウキウキロードを走る。 松原交差点の先から…

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