猿田彦と庚申信仰(後篇)

「庚申信仰」の説明をするにあたり、まずは干支(えと)のおさらいから・・・。

Wikipediaに書いてあることに説明を加える形で話を進めると、干支は、十干と十二支を組み合わせた60を周期とする数詞。中国を初めとしてアジアの漢字文化圏において、年・月・日・時間や方位、角度、ことがらの順序を表すのにも用いられる。

十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の順番の10種類からなり、十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の順番の12種類からなっており、これらを組み合わせると60種の順番となる。
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馴染みの薄い「十干」の方の読み方について説明すると、陰陽五行説の基本構成である木、火、土、金、水にそれぞれ陽である「え」と陰である「と」を割り振って甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸を「きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、つちのえ、つちのと、かのえ、かのと、みずのえ、みずのと」と読む。
十干十二支.jpg


勘の鋭い人なら気づいたかも知れないけど、干支を「えと」と呼ぶのはこの陰陽五行説の陰陽の「え」と「と」ここに由来する。「えと」は本来、「十干」の方の呼称なので、日本で「今年の干支(えと)は、ねずみです」などと言ってるのは、実は、二重の間違えをしていることになるらしい。あらら。

それから、わたしめも知らなかったんだけど、干支は年だけでなく、なんと、月や日にも割り振られており、ちなみに本日の日付の西暦2020年4月29日を旧暦で表現すると「庚子(かのえね)年、庚辰(かのえたつ)月、壬寅(みずのえとら)日」となる。
4月5月.JPG
(一番近い「庚申」の日は5月17日))



前置が少々長くなってしまったけど、今回ご紹介する「庚申信仰」というのは、日の干支が、「庚申(かのえさる)」となる日を問題とする信仰なのである。起源は中国の道教で、「人は寿命が決まっていて、悪い行いをすると寿命が縮まる」と言う考え方がある。

人の体内には「三尸(さんし)」と呼ばれる三匹の虫が住んでいて、
3匹の虫.JPG
60日に1度の「庚申の日」の夜、人が眠りに就くと、身体から抜け出して天に上り、その人の悪い所業を神様に報告し、その結果、寿命が縮まると信じられた。

「大きい過ちなら300日、小さい過ちでも3日、寿命を縮める」とされており、そんなことされたらたまらんので、庚申の日の夜は、身体の中の三尸が体外に出ることが出来ないように、身を慎んで徹夜する信仰が生まれた。

この庚申信仰は、奈良時代あたりに日本へ伝わり、まず貴族の間で流行。やがて、道教が説く「三尸説」を中心に、仏教、神道など、さまざまな信仰や習慣が入り混じり、特異な信仰として庶民の間に広まっていった。

しかしその広まりとともに、本来の意味が次第に忘れ去られ、庚申の日が「庚申さん」として神格化され、庚申の日の夜は、一種の社交場と化してゆき、挙句の果てには、酒飲みが仲間と徹夜で酒を飲みかわす口実になっていたフシもある。

こうして全国各地で「庚申の為の酒飲み組織(庚申講)」が作られ、年に6回ほどある庚申の日を3年かけて連続18回徹夜で酒を食らって、その記念に庚申塔などを建てた。
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(西区横手の下馬神社)


熊本市西区小沢町にある西福寺には九州で一番古い(西暦1499年)と言われる庚申塔が残っている。
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ついでに、その拓本の画像も。
西福寺の庚申塔拓本図.JPG


その後、庚申塔には「庚申」の文字が彫られるものが多くみられるが、
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(南区本山の本山神社)
庚申信仰が仏教と習合した地域では青面金剛(しょうめんこんごう)の像や
善応寺の青面金剛.jpg
(阿蘇市黒川の善応寺)
文字を祀ったり、
出田の青面金剛.jpg
(菊池市出田集落の路傍)
神道と習合した場合には猿田彦を祀ったりした。
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(中央区保田窪の菅原神社前)


青面金剛は伝屍病鬼とも呼ばれ、もとは疫病を流行させる鬼神であった。
青面金剛実物.jpg
この鬼神を祀ることにより、「毒をもって毒を制す」の論理で「伝尸病(結核)を除く神様」と言うことになり、集落を守る道祖神的な役割も果たした。
青面金剛.jpg
(高森町色見の観音堂前)

阿蘇市内牧の近く、田子山(たんごやま)の頂上には結核対策の青面金剛石碑が立てられている。
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また、庚申の申を「さる」と呼ぶことから、神社では猿田彦を祀る事が多く、また三猿をはじめとした猿の象を祀る場合もあった。
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(寺院というより神社の形態に近い本妙寺浄の池廟境内)


さらには庚申が「荒神(こうじん)」の発音に近いことから荒神様との習合も見られるようになった。

例えば、阿蘇市黒川の西巌殿寺では「足手荒神」として青面金剛を祀ってある。
西巌殿寺の足手荒神.jpg


最後に紹介するのが、阿蘇くまもと空港のある高遊原(たかゆうばる)。
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(大峯の頂上から見下ろす高遊原台地)
阿蘇の外輪山の西麓にある大峯から流れ出た溶岩によって出来た台地の中央部、空港の南側にある高遊原公園には、ここが神聖な地であることを示す「阿蘇遥拝地の石碑」が建っている。
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高遊原台地の周辺では「お法使祭(おほしまつり)」という神事が行われる。
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600年続くと言われるこの祭を主催するのは津森神宮で、
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祭の主役は、地元で「おほしさん」と呼ばれている天宇受売命(あめのうずめのみこと)と猿田彦命(さるたひこのみこと)。
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(津森神宮の猿田彦大神の石碑)


高千穂での天孫降臨の後、この2神は高遊原台地の南側の杉堂に降り、以後、住民は神として祀った。
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(今も震災の爪痕が残る杉堂の集落)


ただし、この2神は神殿を持たない神様で、高遊原台地を取り巻く益城町、西原村、菊陽町にある12の地区を1年ごと、12年かけて巡回。
お法使さん祭.JPG
その際に、荒神であるとされる神様が喜ぶように、神輿を道路や耕作地に荒っぽく転がすことで有名。



熊本地震の影響で神事が開催されなかった年もあったが、その後、企業の後援やクラウドファンディングもあり再開された事が報道されており、今年も荒神になった猿田彦様を手荒く喜ばせてくれるだろう。
神輿ころがし.jpg



神社の境内をはじめ、あちこちに建っている「猿田彦」から「庚申信仰」に辿り着いた。その関係について調べてみると、クリスマスとかバレンタインデーとかハロウィンなど外国の文化をいとも簡単に受け入れてきた、古来から日本人の持つ、よく言えば「おおらかさ」、悪く言えば「節操のなさ」をあらためて実感した。しかもそれを独自の味付けをして生活の中にうまく取り込んできたことも感じることができた。

そして、庚申信仰の本尊である青色金剛様には結核菌だけでなく、新型コロナウイルスを是非とも退治していただきたい。
高森阿蘇神社前の青面金剛.jpg
(高森阿蘇神社前の青面金剛像)

そして、そして、猿田彦大神様には、この混乱した日本に道を開いていだきたい。
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(益城町惣領で見かけた猿田彦大神)

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