くまもと自転車紀行

アクセスカウンタ

zoom RSS 「軍都」の痕跡探し

<<   作成日時 : 2018/03/11 17:22   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 8

態本は1871年に鎮西鎮台の拠点が設置されて以来 、熊本鎮台、第六師団の本営が置かれ、維新直後から第二次大戦の敗戦に至るまで約70年間にわたって軍事拠点(軍都)であり続けた歴史を持つ。
画像
(西南戦争当時の熊本鎮台司令長官・谷 干城)


その中枢は熊本城およびその周辺に置かれたが、連隊の兵営や演習場のいくつかは私が住む保田窪の周辺に置かれた。

昭和6年頃の地図を見ると、
画像
自宅の東側には帯山練兵場、そして西側には渡鹿(とろく)練兵場、その周辺に「工兵第六連隊」、「歩兵第十三連隊」、「野砲兵第六連隊」、「騎兵第六連隊」の兵営が置かれている。


この週末は色々と用事があったので、その合間に数回に分けて自宅周辺の「軍都の痕跡」を自転車で見て廻った。

まずは保田窪の東側にあった「帯山練兵場」。


戦後、敷地のほとんどは民間に払い下げられれ宅地化され、熊本市の基幹道路である東バイパスも突っ切っているため、
画像
その面影は残っていないが、帯山4丁目の民家の塀と、
画像
旧・再春館製薬所の敷地の一角に同じような内容の石碑が建てられている。
画像


昭和6年(1931年)沖縄・九州・山口各県の男女学生・青年団員・青年訓練所生・在郷軍人等六万六千余名が帯山練兵場で、天皇陛下の御親閲を受けた。
画像


さらに観衆も数万人いたようで、当時としては一大イベントだったらしい。


自宅から数百メートルのところのJR豊肥線の西側からはじまる「渡鹿練兵場」も宅地化しておりその痕跡はほとんど見当たらない。
画像
(「渡鹿公園」を眺めて「練兵場」を想像)



渡鹿練兵場の周辺の兵営のうち、「工兵第六聯隊」の兵営は現在の熊本県警察学校と熊本大学大江総合運動場の付近に置かれた。

熊本県警察学校の正門を入った右側の楠木の、
画像
袂に「皇太子殿下御野立所之跡」碑。
画像


大正9(1920)年に昭和天皇(当時、皇太子殿下)が渡鹿陸軍練兵場で行われた近隣部隊の演習を御視察された際、工兵第六大隊兵営において御休息されたのを記念して建立された。

楠木が成長して、幹が石碑を包埋しようとしている。

警察学校正門を入った左側、守衛室の奥に「工兵第六聯隊跡」碑と「至誠」碑。
画像


「至誠」碑は、昭和7(1932)年に建立された、当時の大隊長・細田四郎工兵大佐の筆による。

その横の「工兵第六聯隊跡」の碑は昭和51(1976)年4月17日に工六会(工兵第六聯隊戦友会)により建立された。

警察学校内で史跡の写真を撮る間、付いていただいた教官どのと門番の警官の卵の方に御礼を言い、警察学校を後にして、そのの西隣にある熊本大学大江総合運動場へ。

入口の門柱は、「工兵第六聯隊」のものを移設し、改修したものらしい。
画像


さらに、この運動場の裏口付近には前述の「至誠」碑と同様な、当時の大隊長・細田四郎工兵大佐の筆による碑が建てられているが、達筆過ぎて、何と書いてあるのか、詳細不明。
画像




産業道路から熊本学園大学付属高等学校への入口には「歩兵第十三聯隊」の赤レンガの営門門柱が残されている。
画像
画像


中へ進んで左にある「県営・山の上団地」の駐車場の一角にフェンスに囲まれた「皇威無窮」碑。
画像


満州事変における熱河作戦・関内作戦参加を記念し建立されたものらしい。

さらに進んで、熊本学園大学敷地内の北端には、連隊の酒保(兵士相手の日用品・飲食物などの売店)の建物が残っており、現在は改修されて熊本学園大学の第2体育館として使用されている。
画像

また、最近、渡鹿交差点に移転した「熊本県民テレビ」から「スポーツクラブ・ルネサンス」にかけての石垣は当時の遺構だとのこと。
画像



熊本市大江の白川中学校からYouMeマート周辺には野砲兵第六聯隊の兵営があった。
白川中学の正門は連隊の営門門柱を移設したもの。
画像


国家公務員合同宿舎白川住宅の敷地内には、兵営が当地に移転してきた明治32(1899)年に建立された「勇噴偉勲」碑と、
画像
昭和56(1981)年3月、野砲兵第六聯隊及び同関係部隊の元将兵の方々により建立された「野砲兵第六聯隊之跡」碑が残されている。
画像



最後に「騎兵第六聯隊」。

熊本市大江の現在の、開新高校、大江市民センター、市立図書館、ハローワークなどを含む一帯には騎兵第六聯隊の兵営があった。

開新高校の玄関前の駐車場横には「騎兵第六連隊趾」碑、
画像
それに騎兵隊ならではの「馬魂碑」。
画像



「軍都の痕跡」を廻って帰宅すると、裏のお庭のサクランボの花が満開となって、ヒヨドリが蜜を吸いにやってきていた。
画像



今回の史跡巡りには「大日本者神國也
および、「まめ八のブログ」が大変役に立った。

なお、今回の史跡の多くは公共の土地にはないので、事前の許可が必要だった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
熊本市内に軍事施設や飛行場などがあったと聞いてはいましたが、
今となっては跡形もないと思っていたのですが、結構残っているものですね。
しかし、警察学校の中に石碑があり、そこに入るとは、情報収集だけでなく
さすがの行動力ですね。
年代的に、自分の親世代だと覚えているのでしょうが、その次の世代は知らない事ばかりでしょうね。
そのような方達の記憶がある内に、当時の詳しい事柄を後世に残したいものです。
1008
2018/03/11 21:05
1008さん、おはようございます。
わたしも、民家の塀の「御親閲之所」と県民テレビの角の「歩兵第十三聯隊」しか知りませんでした。しかも意味がよく判っていませんでした。確かに親の世代は、「昔は、あそこに○○があった。」などの話をしていましたが、あまり記憶に留めていませんでした。この年になって、後悔しています。幸い、個人レベルでも詳しく調べておられる方がいらっしゃいますので、参考にして戦争遺構も探してみたいと思っています。
のぶ
2018/03/12 07:32
そうでしたか。
熊本は約70年間にわたって軍事拠点だったんですか。
しかし、いつもながらの調査ですね。
あら、裏庭にサクランボですか。
サクランボの庭木って珍しいのでは。
何か難しそう(対害虫)な感じです。
みきたか
2018/03/12 18:42
 いつもながら凄い調査力です。
熊本に軍の大きな施設があって、そこに全国から軍人とその家族が住んでいたとは聞いた事が在ります。でもここまで広範囲に広がってたとは初めて知りました。昭和6年頃の地図と終戦後間もない昭和23年の空中写真を見比べると、ほぼ地図と同じ。建物の位置もほとんど変わってない。でも、練兵場などは既に田畑に開墾されてますね。終戦直後の食糧難を乗り切るために、急ピッチで開墾されたのでしょうね。
読み逃げ屋
2018/03/12 18:50
みきたかさん、こんばんは。
熊本に陸軍第6師団があるのは昔からしっていたのですが、実は、今の健軍自衛隊のところにあったものとばかり思っていました(苦笑)。明治初頭から終戦までの熊本での軍事施設の概要を知ったのは今回が初めてでした。
サクランボはわが家の裏庭ではなくて、裏のお隣さんのお庭です、はい。いつもサクランボのような実がなり、お子さんが毎年楽しみに採って食べているので、サクランボだと思っています。でも、鳥がかなり食べてしまうそうです。
のぶ
2018/03/12 21:37
読み逃げ屋さん、こんばんは。
おっ!流石、地図のプロですね。私の場合は、ずぶの素人ですので、ネット上の地図と航空写真を当てはめて見でも、縮尺や角度が微妙に違ったりすると、まったくわからなくなってしまいます。その辺りがはっきりわかると、時代の変遷や社会の変化を感じることもできるんですね。
明治期から終戦までの熊本の軍事施設については、本文末に紹介した二つのサイトでとても詳しく書いてあったので、大変参考になりました。熊本城周辺の軍事施設は地震からの復興作業の関係で制限がありますので、今回は見送りましたが、また機会があれば廻ってみたいと思っています。

のぶ
2018/03/12 21:46
のぶさんのお住まいの所は軍事拠点があったんですね。
僕の実家の近くには「南洲寺」というお寺がありまして、西郷どんの号が「南洲」なので、もしや!と思い調べたら西郷どんの菩提寺みたいでした!
後は西郷どんと入水自殺を図り亡くなられた月照のお墓もあるみたいです。
今まで何も知りませんでした^^;
今度、実家に帰ったら行ってみたいと思います。
ヘイホー
2018/03/13 19:20
ヘイホーさん、こんばんは。
わが家は二つの練兵場の間に位置するようで、近くのお年寄りによれば、戦時中は、付近には戦車の格納庫があったと言っていました。
おっ!ヘイホーさんのご実家の近くには西郷どん所縁のお寺があったんですね。あまりに近くにあると、かえって気づかずにいるもんですね。私にも同じような経験があります。早く気づいて良かったですね(笑)。
のぶ
2018/03/13 19:44

コメントする help

ニックネーム
本 文
「軍都」の痕跡探し くまもと自転車紀行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる