くまもと自転車紀行

アクセスカウンタ

zoom RSS 伊能忠敬の足跡を捜して・・・

<<   作成日時 : 2015/11/05 18:22   >>

ナイス ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 12

わたしの業界では定期的に機関紙を発行し、それを関係各所に配布するところが多い。

先日、うちに送られてきた某大病院の機関紙では大学の同級生がエッセイを書いていて、迫リ来る自分の定年について触れ、「伊能忠敬(いのうただたか)」を引き合いに出していた。
画像


精巧な日本地図を作製したことで有名な伊能忠敬だが、元々商人だった彼が暦学や天文学などの勉強を本格的に始めたのは50歳になって隠居した後のことであり、日本地図作製のための測量を全国各地で始めたのは、56歳になってからであった。その後17年をかけて全国を歩き、測量を行った。
画像
(熊本あたり)


要するに、伊能忠敬さまは、われわれアラ還(アラウンド還暦)の星なのである。

そう言えば、一年ほど前、大分から熊本まで九州横断ライドをした時、大分市内の住宅街で「伊能忠敬 宿泊跡」という標柱を見かけた。
画像


ところが熊本ではそのような標柱や話を聞いたことがない。そこでネットで調べてみると・・・。

「伊能忠敬e資料館」というHPに詳しい資料があって、忠敬ら測量班の日本各地での測量の日時、場所、宿泊所の一覧がわかった。

その中で、熊本での宿泊所は旅館とか各地の有力者らしい名前が多いものの、寺院がいくつかあり、その中でひとつ熊本市内に現存しているものが見つかったので、行ってみることにする。
画像


何やかやらしているうちに遅くなって、正午頃にクロモリロードバイクで出発。

まずは昼飯。水前寺公園から出水ふれあい通りを走って画図の田舎道をテキトーに走り、
画像
ハンズマン、桜十字病院などを経由して
画像
川尻をかすめ、白藤にある「お好み焼きシマダ」へ。
画像
画像


ここは2回目だけど、最近、自転車仲間が大挙して押しかけている。
画像
というのも、ここの若旦那も自転車乗りで、仕事でお忙しい中、かなりのロングライドをされるらしい。道理で、仕事中もロードバイクに乗っているようなフォルム。
画像
(みきたかさんのブログより)


最近では、真夜中に熊本を出発し八代、水俣、出水から長島を抜けて朝一のフェリーで牛深へ渡り、天草、宇土を走ってその日の内に帰って来たとのこと。す、凄い!

モダン焼きをいただき、美味しいお味噌汁をサービスしてもらい、お話をして辞去。
画像


ご馳走様でした!

さて、そこからまたテキトーに走って
画像
白川を渡って小島(おしま)へ。
画像
ここにある「光明山専照寺」が伊能忠敬らの宿泊所(西暦1810年の12月25日)となったところ。
画像
画像


お寺の方は留守で残念ながら詳しいお話は聞けなかった。また、お寺の周囲の方に伺っても「伊能忠敬?」というお返事。

それよりも著名人の宿泊なら、ここ小島では、熊本で初めて天皇が宿泊した「明治天皇小島行在所(あんざいしょ)」、
画像
画像
その際、随員が宿泊した屋敷跡、
画像
さらには西郷隆盛の弟が宿泊した屋敷跡、
画像
などの方が馴染みがあるらしい。

どうも最近、依存症となってしまって近くにある「濱田醤油」の醤油ソフトクリーム
画像
をいただき、小島を後にする。

坪井川沿いの道を走り、
画像
田崎を過ぎて白川沿いの道に入り、
画像
「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生はいらない。」という伊能忠敬の言葉を噛みしめながら、いつものように帰った。

本日の走行距離:40.6q

画像


なお、今回は「あの人の人生を知ろう〜伊能忠敬編」でしっかりお勉強した。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
そう言えばそんな偉人が。
と、忘れかけていた偉人をうっすらと思い起しました。
56歳から歩いての測量、機材も当然今とは桁違いだったでしょう。
当時の56歳は現代では?
その地図の誤差はかなり小さかったと聞く。
「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生はいらない」ですか。。。シミジミ。
あっ、シマダさんへ早々と言うか2回目の訪問だったようですね。
ある程度走った後でないとあのボリュームはかなり多かったのでは?
みきたか
2015/11/05 18:48
昔の人の平均寿命から考えると、56歳から日本全国測量行脚とは、元気なんてもんではないですね。
そして、あの高精度な地図。自分なら誤差に誤差がプラスされて、とんでもない地図が出来そうです(笑
シマダさんのロングライドはヘ〇タイそのものですね。
とても真似出来そうもありません。

1008
2015/11/05 20:30
みきたかさん、こんにちは!
200年前と言えば、まだ「人生五十年」の頃でしょうから現代で言うと60台〜70台くらいでしょうかね。でも空気が綺麗で、比較的健康的な物を食べていると意外と健康かもしれませんね。ただ、伊能忠敬は幼少より病弱だったそうです。若い頃病弱だったので後で花が開いたのかもしれません。
それにしても昔の道路事情ですから全国行脚は大変だったと思います。

モダン焼きでお腹一杯になったので、海岸端まで走ろうと思ったのですが、逆風が強くて途中で止めました。はは。
のぶ
2015/11/05 22:28
1008さん、こんにちは!
忠敬の地図は経度方向で誤差があったものの緯度方向はかなり正確だったようです。
全国測量行脚は、当初は楽だったようですが、晩年は遠方にもなってガタガタになりながら帰って来ていたようですね。ところが幕府側も薩摩の様子や蝦夷の様子を把握しておきたいので無理強いして行かせていたようです。
わたしから言わせると、1008さんも、お好み焼きSDさんも、よか勝負だと思いますです、はい。
のぶ
2015/11/05 22:36
のぶさん今日はわざわざありがとうございます!昨日のブログのコメントの直後だったんでびっくりしました(笑)ほぼ初対面にもかかわらず気さくに仲良くしてもらい楽しく自転車の話が出来ました(^ω^)注文そっちのけでお話したかったんですがそうも言ってられませんので(笑)まだまだゆっくりお話したかったでーす!
お好み焼きSD
2015/11/05 23:37
さすが、のぶさん! 文頭からの流れで、文末にビシっと〆られましたね。
更に、よくリサーチされてますね。 伊能忠敬らの宿泊所がまさか熊本にあるとは知りませんでした。 まあ、考えればそうでしょうけどね。
SDさんは、さぞ驚かれたでしょう! しかし、あのフォルム・・・仕事しながら鍛えてらっしゃるんですね。 あれはどう見てもコソ練なので確実に違反です。(笑)
アンカー星人
2015/11/06 00:22
お好み焼きSDさん、こんにちは!
昨日はお邪魔しました。そしてご馳走さまでした。いやー見事なコテ(?)使いに見入っておりました。それにしても、すごいロングライドをされますね。びっくりしました。なかなかお休みが一致しないかと存じますが、是非一度ご一緒したいと思います。
またモダン焼きをいただきに行きます。今後ともよろしくお願いします!
のぶ
2015/11/06 08:16
アンカー星人さん、こんにちは!
今回のリサーチは前夜から始めたら終わらずに、翌朝続きをリサーチしていたら出発が昼になってしまいました。はは。伊能忠敬先生は当然、植木、山鹿でも宿泊しておられますが、旅館に泊まっておられるみたいですね。
お好み焼きSDさんは、やはり自転車に関しては、「やおいかん」みたいですね。タダモノではないです。
のぶ
2015/11/06 08:24
おはようございます。
ワタシらの仕事は定年はないわけで、父のモノづくりもトライ&エラーで60歳過ぎてからある程度納得のいくものがでるようにたったようです。それでも満足はしないようで立つ回数も時間も減りましたが、80過ぎた今でも時々審査台の前に立っております。
最近皆さんのブログ等でよく拝見するシマダさん。旨そうですねー。粉ものって無性に食べたくなるときがあります。いかねばならんですね。
mottea
2015/11/06 10:09
当時の日本を考えると肥後国から薩摩国へと国境をまたいで、地図を作るなど幕府のスパイ行為として各地で妨害を受けたようです。
僕の居る業界が熊本で伊能忠敬展を計画したのですが、地理院から地図のレプリカを借りるのに凄い費用が掛かるのと、地図を広げる為には体育館が必要な事から断念しました。
佐賀会と福岡会では大学などと協力して行った様です。

ちなみに、熊本には九州本島を網羅する第U座標系原点が在り地図の源としてモニュメントが作られてます。但しこのモニュメントの位置は日本測地系の座標原点であり世界測地系の原点ではありません。世界測地系の原点から数百
メートルずれてます。測量法が改正される前のものです。是非行ってみて下さい。
読み逃げ屋
2015/11/06 12:28
motteaさん、こんにちは!
motteaさんの業界については恥ずかしながら詳しくないのですが、極めると、ある面、芸術の域に達するのではないですか?しかも、その年の天候とか色々な因子に影響を受けそうで、その分、奥が深そうです。そのような業界では「定年」など無い方がよさそうですね。
一方、「定年」がある業種では、まったく違った分野で新たな自分を開拓して行くこともできる訳でそれもまたいいですね。
わたしの業種にも定年はないと言えばないのですが、うーん、自分はどうなんだろう?とも思いますね。
のぶ
2015/11/06 20:05
読み逃げ屋さん、こんにちは!
おおっ!流石にお詳しいですね。熊本での「伊能忠敬展」開催の経緯、面白いですね。へぇ!地図のレプリカってそんなに大きいんですかぁ。
そう言えば、竹崎季長の『蒙古襲来絵詞』の実物の展示が熊本県立美術館であったのですが、巻物なので展示ケースの長さの制限があり、実物が見れるのは10mくらい。あとはレプリカでした。仕方ないですね。
「第U座標系原点」って確か、菊池阿蘇スカイラインがミルクロードにぶつかるところから少し菊池側へ行ったところにありますね。
まだ行った事がないので、今度行ってみます!
のぶ
2015/11/06 20:13

コメントする help

ニックネーム
本 文
伊能忠敬の足跡を捜して・・・ くまもと自転車紀行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる