くまもと自転車紀行

アクセスカウンタ

zoom RSS 赤穂浪士と熊本

<<   作成日時 : 2014/12/14 20:44   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 14

『12月14日』と言えば、赤穂浪士が吉良邸に討ち入りをした日。
画像


そこで今日は赤穂浪士と縁のある県内の地を廻ることにする。

午前8時クロモリロードバイクで出発。産業道路の渡鹿交差点から右折し、子飼橋を渡る。
画像


三軒町通りを走り、国道3号線・堀川線から坪井川沿いの道を遡上。
画像
画像


小野泉水公園を経由し、
画像
小野川沿いを北上し合志川沿いの道に入る。
画像


ところが合志川沿いの道は植木温泉の手前で両岸とも全面通行止め。よって植木北中方面へ左折したついでに田底方面へ廻り、宮原の先からは国道3号線へ。山鹿方面へは路側帯が広く走りやすい。
画像

菊池川を渡り、繁華街を抜けて、しばらく走って右折し、本日最初の目的地、日輪寺に到着。
画像


先日、NHK・BSの『こころ旅』で火野正平氏も訪れたけれど、ここ、山鹿市の日輪寺には、赤穂浪士の遺髪塔がある。
画像


吉良邸に討ち入った47(一説に46?)名の浪士は幕府の沙汰が出るまで、細川綱利、松平定直、毛利綱元、水野忠之の四家に分割してお預けにすることが決まった。

その中でリーダー格の大石内蔵助以下、比較的位の高い17名は江戸の細川藩邸にお預けとなった。

この時、細川藩邸で浪士の接待役を務めた19名の細川藩士の中に堀内伝右衛門なる人物がいた。

当時、58歳(今の私と同じ!)の伝右衛門は、浪士達の本懐に感動し、誠意をもって17士の接待に勤め、彼らの話や書簡を「堀内伝右衛門覚書」という書にまとめ、後世に残した。この書が赤穂事件を知る上で大変有益な史料であると同時に、子孫達に武士の心得が何たるかを伝えるための教育書でもあり、また義士親族との関係を継続させるよう命じた遺訓書でもあった。

堀内伝右衛門が書き残した覚書を読むと、この人物が如何に情に厚く、そして世話が届いたかを知ることが出来る。

元禄16年2月4日、浪士達はそれぞれ、お預かりとなった藩邸で切腹した。接待役の仕事を終えた伝右衛門は願い出て貰い受けた17名の遺髪を自分の知行地(年貢を納めさせる権利のある土地)である杉村(現在の山鹿市杉)に持ち帰り、菩提寺である日輪寺に遺髪塔を建立して83歳の生涯を終えるまで供養した。
画像
堀内伝右衛門とその妻の墓は、少し離れたところから今も遺髪塔を見守っている。
画像


その後はしばらく捨て置かれた時期もあったようだが、明治時代になり復興されて、地域の有志の方々による、「堀内組」と呼ばれる組織が作られ、現在も遺髪塔は守られている。
画像
そして浪士たちの命日である2月4日には毎年「義士まつり」が開催されている。この供養祭の折に兵庫県赤穂市からも市長ら関係者が山鹿市に招かれ、これをきっかけに両市は姉妹都市として交流を結んでいるという。 

来た道を戻り、途中から豊前街道に入り山鹿市街地を抜ける。
画像
菊池川沿いの道に入り、
画像
大道小学校の手前から橋を渡って左折し、千田川を渡って田舎道を走り、合志川沿いの道へ。
画像


植木温泉を過ぎてから右折し、ファミリーロードに入って熊本方面へ。
画像


JR植木駅からは寂心さんの大楠へ抜けて、
画像
再びゆうかファミリーロードに入り、
画像
上熊本駅の裏から、次の目的地、花園小学校に寄る。
画像


正門を入ってすぐ右側の校庭の一角には、細川藩邸でお預かりになった17名の浪士達が使っていた手水鉢が置いてある。
画像
この手水鉢は藩主・細川綱利が作らせてお預かりの浪士達に贈った物で、17名の浪士は50日間、この手水鉢の水で日々手を洗い、口を漱いだ。
画像


彼らが切腹した場所の傍らにあったこの手水鉢は細川家の家臣・藤本津志馬が貰い受け、郷里の熊本に持ち帰り、愛用した。その後、大正4年に当時の花園村に寄贈され、花園小学校の敷地内に移されたと伝えられている。

お昼になったので、島崎町の臥璽廊(がじろう)にて、ごぼ天肉うどん(700円)をいただく。
画像



そして本日、最後に訪れたのが熊本城内の加藤神社。
画像


ここの北東の隅にはかつて「櫨方(はぜかた)三階櫓」が建っており、藩の専売事業であった櫨蝋の管理をした 役所「櫨方会所」が置かれた。

ちたみに、現在、行幸橋の近くにある「櫨方門」はこの「櫨方三階櫓」の門を移設したもの。
画像


さて、この「櫨方」と大石内蔵助とは深い関係があるという。

細川藩邸で丁重な扱いを受けた大石内蔵助は切腹を前に何か恩返しはできないものかと考え、当時財政が困窮していた細川藩に、薩摩で習った櫨の栽培法と精蝋法を伝えたとされている。
画像


こうして櫨蝋燭は細川藩の専売事業となり財政を潤した。

この時、藩主・細川綱利の命により、最初に櫨の木が植えられたのは御船川に沿う日向往還だったと言われている。
画像


昭和44年、河川改修のためにその櫨並木が伐採されることになり、20本程が国道445号沿いに移植され、今にその姿を留めている。
画像

(以上3枚の写真は先月6日、日向往還を走った時のもの)


行幸橋から市街地を抜け、代継橋を渡って八王子通りを走り、出水の1008さん宅へ。

TEAM O3のメンテ講習会に参加。講師はハヂメさんで、助手が1008さんという感じの布陣。生徒はST−さん、ヤング内藤さん、それにわたし。
画像


わたくしはホイールのメンテ(振れ取り、センター出し)をしてもらう。
画像


なかなか有意義な一日であった。
画像


本日の走行距離:84.7q

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
今日はライドでお疲れの所、わざわざありがとうございました。
今回のテーマは赤穂浪士でしたか。
赤穂浪士、熊本とは無縁と思っていましたが、かなり関わりが
あったのですね。
祭りまであっていたとは想像だにしませんでした。

1008
2014/12/14 21:54
こんばんは! タイトルを見て、もしやもしやと思いながら読ませていただくと、やっぱりワタクシが身を潜めている直ぐ近くにお出でだったのですね。 年末になると毎年日輪寺で供養があってニュースに流れます。 それにしても、いろいろと知らないところもちゃんとリサーチしてあって大変勉強になりました。
そのメンテ講習もいつか受けてみたいですね。
アンカー星人
2014/12/14 22:34
岩坂地区の記事、突き詰めると多大な時間を要しそうだったので私はさらりと流しました。
のぶさんはいつも最後まで詳しく調べられて、丁寧な仕事をされているなと感心しました。勉強になります。
ちよ
2014/12/14 22:36
1008さん、こんにちは!
昨日はお邪魔しました。1008さんの工具に関する知識の深さには感銘を受けました。ただの『勘なし』ではなかったんですね。大変失礼しました。
今度、他のホイールの振れとり、センター出しを自分でやってみたいので、1008さん自作の専用工具を貸してくださいね。よろしくお願いします。
のぶ
2014/12/15 07:58
アンカー星人さん、こんにちは!
アンカー星人さんと鉢合わせしないかと、ドキドキしながら走りました。日輪寺に赤穂浪士の遺髪を供養してあるのは知っていましたが、その他にも縁があることがわかったので、討ち入りの日に合わせて廻ってきました。
ただし、『12月14日』と言っても旧暦なので、今の日付では1月30日くらいなんだそうです。
メンテ講習会、面白かったですよ。1008さんの工具に関する知識も、ハヂメさんの自転車の各部に関する知識も、半端なかったです!
のぶ
2014/12/15 08:06
ちよさん、こんにちは!
先日は、大津の岩坂を廻るきっかけをつくってくださり、ありがとうございました。感謝しています。
わたくし、50歳頃までは郷土の事をほとんど知りませんでした。自転車に乗るようになって少しずつ勉強してきましたが、日輪寺が赤穂浪士と関係があるのをしったのが約5年前、御船川の櫨並木と大石内蔵助との関係を知ったのが2ヶ月ほど前、花園小学校に赤穂浪士の手水鉢があるのを知ったのが水検定試験のテキストブックで1ヶ月ほど前。・・・最近知った事ばかりです。
でも実際に自転車で訪れてみると、昔の人の息遣いが感じられるような気がして、こういうの、大好きなんです。
今後もこういうポタを時々やってみたいと思います。
のぶ
2014/12/15 08:14
川と空の写真はとてもダイナミックに撮れてますね!
自分でいじっていて解らないことがあるので整備講習会も参加したかったです。
赤穂浪士関係が細川藩にあったとは知りませんでした。どうも事実より陰謀説にばかり目が行ってしまいます。のぶさんも50歳あたりで、、ということなので僕も来年は郷土の歴史に開眼しそうな予感がします。(笑
23日はまたまたお世話になります〜
KEN
2014/12/15 09:25
昨日はお疲れ様でした!
のぶさんのスプロケ講座勉強になりました^^
皆さんのおかげでメンテナンスに関する知識、くまもと郷土についても賢くなっていくばかりです。ついていけるかは別ですが(笑
ST-
2014/12/15 09:49
まるで歴史書籍を読んでいる様です
どこから知識を引っ張ってくるのか色々気になります。

子供の頃から年末になると毎年「忠臣蔵」が放送されていましたが、
何度も観ていたので最近はあまり関心がありませんでした。
久々に観てみようかな、のぶさんのブログを拝見した後では
また印象が違ってくるかもしれません。

昨日メンテ講習会の参加特典をお渡しするのを忘れていました。
今日ご自宅の郵便受けに鶴屋の袋に入れて投函しておきます。
お手すきの際にご覧になってください。
ハヂメ
2014/12/15 12:41
のぶさん。振れ取り台とセンター出しの件、了解です。
少し改善したい所があるので、それが終わったら持って行きますね。(^^)
1008
2014/12/15 14:50
KENさん、こんにちは!
写真、褒めていただき、嬉しいです。昨日は空が綺麗で、雲の表情もアクセントになってました。
赤穂浪士に関してはその後も脚色もあり、事実とは違う伝えられ方もしているんでしょうね。「義士」という言い方もよくされていますが、討ち入りで仇を討たれた吉良はまだしも、その家来たちも大勢命を落とした訳ですから、そちら側の心情を思うと、一方的に「義士」というのも如何なものか?とも思いますね。
若いうちは意識が外向きで、九州の片田舎の事にはそれほど興味がわかなかったのですが、この足で走り回るようになってからやっと興味がでてきました。
メンテナンス講習会、次回は是非ご一緒しましょう!
23日、楽しみにしています。
のぶ
2014/12/15 21:06
ST−さん、こんにちは!
昨日はお疲れ様でした。ワイヤー以外のオーバーホールがほぼ終わって良かったですね。わたしも見ていて随分参考になりました。
スプロケットを外すのは何度もやりましたので、お教えすることができました。他は習うことばかりでした。知らないことが多すぎるので、昨日のような講習会をシリーズ化してほしいですね。
のぶ
2014/12/15 21:09
ハヂメさん、こんにちは!
昨日はメンテ講習会、お疲れ様でした。改めてハヂメさんの自転車に関する知識の深さには感激しました。時間がなくて後ろ髪を引かれながら辞去しましたが、パワーメーターも体験したかったです。また今度お願いします。
それから、教えていただいただけでなく、講習会参加の特典までいただき、感激です!さっき、少し、ホイールの組み方の動画を観ましたが、スポークに関する計測および計算など、結構、内容豊富ですね。時間を作って挑戦してみたいです。
わたしのブログの内容はウェブで検索しまくって得た知識をいくつか組み合わせて、そこに自転車でいったみた、というだけで、それほど自慢できるものではありません。でも、ま、当の本人がそれで楽しんでいますので、それはそれで良いのでは・・・と軽い気持ちで続けています。
またいろんな情報を探し出しては、それをこの脚と目で確かめてみたいです。
のぶ
2014/12/15 21:19
1008さんへ。
ありがとうございます!
まずは、通勤用のクロスバイクのホイールの振れ取りおよびセンター出しをやってみたいです。それからもしも余裕ができたら、一度、ホイールを手組で組んでみたいです。
のぶ
2014/12/15 21:22

コメントする help

ニックネーム
本 文
赤穂浪士と熊本 くまもと自転車紀行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる