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zoom RSS 『檜垣』と呼ばれた女性の足跡を追った11月1日

<<   作成日時 : 2012/11/05 23:08   >>

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ここのブログ(ウェブリブログ)の不具合が断続的に続き、11月1日から4日まで緊急メンテナンスのために新規の書き込みができなかった。

以下は11月1日(木)のポタリングのレポート。



前回、熊本水遺産めぐりポタで蓮台寺に行き、『檜垣』と呼ばれる女性がいた事を知った。その女性の事が心のどこかにひっかかって色々調べてみた。

元来『檜垣』というのは『檜(ひのき)の薄板を網代(あじろ)に編んで作った垣』という意味である。裕福な家しか檜垣を作れなかったので、転じて『檜垣』というのは『裕福な人』を指す言葉となった。

『檜垣嫗(桧垣媼、ひがきのおうな)は生没年不詳、平安時代中期(10世紀)の女性歌人。様々な伝説に包まれ、その正体は詳らかでない。』とWikipediaにある。

一説によると彼女は「名高く、事好む女」だったそうで、藤原純友の乱で家財を失ってから零落し、肥後の国、白川の畔で草庵を結んで暮らした。現在、蓮台寺のある所である。

彼女が使ったという井戸(檜垣の井戸)は先日見たが、「その井戸の水を汲んで岩戸観音に日参していた」と記した石碑、彼女の墓標とも言われている「檜垣の塔」、それに『檜垣像』が蓮台寺に現存することを知る。

加えて、ペプシンさんからの情報で、金峰山の南西・松尾の山中に『檜垣のこぼし坂』なる案内板があり、彼女が岩戸観音への日参に通ったという坂があることが判った。

そこで、もう一度、蓮台寺を訪れ、檜垣に縁(ゆかり)の物を見、その後、彼女の足跡を追って松尾経由で岩戸観音のある雲巌禅寺の霊巌洞を訪れることにする。

この秋一番の冷え込みで9時過ぎにクロモリロードバイクで出発。白山通りから流通団地を経由し、けやき通りを走って蓮台寺橋を渡る。
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まもなく蓮台寺に到着。
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山門をくぐり、本堂
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の横にある観音堂へ。
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事前に電話をかけ、来訪を告げていたので、坊守さんが鍵を開けてくれる。堂内に上がると、中央に聖観音像、
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右に菩薩立像、
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そして左に片立膝をして穏やかな表情をした檜垣像。
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賽銭箱に志を入れ、3つの像に手を合わせ、観音堂を出る。
本堂の前には千体地蔵。
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当時の白川洪水で亡くなった方々の供養のために置かれたと言う。その中央に鎮座するのは放牛地蔵(台座は放牛作だと確定しているが本体は未確定だとか)。
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千体地蔵の左側に謡曲史跡保存会の立板と檜垣嫗の石像。室町時代の猿楽師・世阿弥が佐渡への流刑のあいだに創ったと言われる謡曲「 檜垣 ( ひがき ) 」は、この檜垣嫗の話をモチーフとしている。
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そしてその左に彼女の墓標とされる『檜垣の塔』。
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寺の南側にある小さな天満宮の横にある『檜垣の井戸』と、彼女が『岩戸観音に日参した』との記述の古い石碑。
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さあ、ここから檜垣が日参したという岩戸観音のある雲巌禅寺を目指す。
蓮台寺橋から西に向う道に戻り、しばらく走って右折し、坪井川沿いの道に出て、高橋方面へ。
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上高橋を経由して松尾町上松尾へ。
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松尾川沿いの道に入り、山道を上って行く。
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松尾東小学校を過ぎる頃から激坂が始まる。ペプシンさんが、『ここは登らない方がよい』というだけのことはある激坂。
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いままで上った1km以上続く坂道ではここが一番ではないだろうか。時速5kmくらいで何とか上っていると勾配が緩やかになる所に『檜垣のこぼし坂』の立板。
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檜垣嫗が水をこぼし、こぼし上ったので、この名がついたという。
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ちなみに、こんな感じで水を運んでいたらしい。
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傍らの水場で喉を潤して、次へ向けて出発。
それから100mほどで501号線との分岐があり、そのすぐ先の分岐を霊巌洞方面へ。
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この頃になると風が出て雲が晴れてくる。
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ウィンドブレーカを羽織り道を下っていると、左に熊野岳(二の岳)、右にすり鉢状に見える三の岳があり、ペプシンさんに倣って写真に収める。
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周囲は蜜柑が色づいて、収穫が行われている。
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岩戸の里公園のところから左折し、急な坂を下り、雲巌禅寺に到着。
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水遺産の手水で手を洗い、喉を潤し、
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本殿にお参りして、入場料」200円払って霊巌洞への道へ。
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まずは資料コーナーで、宮本武蔵像や巌流島で使ったという木刀の横に、檜垣と親交のあった清原元輔(清少納言の父)
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、それから檜垣に関する展示を見る。
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その後、いくつかの祠(ほこら)、そして五百羅漢がいる斜面を通過し、
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その先に目指す霊巌洞。
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洞への急な石段を登って行くと洞内の床は板張りで、奥には、格子戸が幾重にもあり
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その奥に岩戸観音があるはずだが、どうもよく見えない。
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入場の際にいただいた『記念リーフレット』によると、檜垣嫗が日参し、そして武蔵が拝した石体四面の馬頭観世音菩薩である岩戸観音は秘仏とされており、リーフレットのみに掲載している他には一般に披露していないとの事。もったいないので、ここで公開。
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霊巌洞を出て福岡からの単独入場者と少し話をして雲巌禅寺を後にする。その際、お寺の方に、檜垣嫗が移り住んだ草庵の跡(山下庵跡)の在り処を問うと、100mほど離れた所を指差して教えてくれた。
従って進むと、蓮台寺境内にもあった『謡曲史跡保存会』の立札があり、その傍らに檜垣嫗と思われる石像が立っている。
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そこから20mほど坂を下った所に水が湧いていて、案内板などはないが、雲巌禅寺の和尚さんによれば、その辺りが山下庵跡。
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檜垣嫗の姿に、しばし想いを馳せて、これにて足跡を追ったポタリングは終了。
そこから激坂を下って、県道101号線に突き当たり、右折。
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そこから岩戸の里への分岐近くにある鼓ヶ滝までの渓流沿い、さらにそこから霊巌洞周辺までの一帯を『肥後耶馬渓』と呼んでいる。
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金峰みちくさ館に寄って携帯食料(東京バナナ)でエネルギー補給し峠の茶屋を目指す。途中、水遺産の上川床の湧水で喉を潤す。
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峠の茶屋公園の紅葉を写真に収め、
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しばらくダウンヒルを楽しむ。上熊本の県立体育館の所から右折。藤崎宮から明午橋を渡って大江の市立図書館の前にあるインド食堂へ。
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ノンベジタリアンランチ(ムルギ・ダビ:鶏肉のヨーグルトスープ)とチャイをいただく。
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マスターと自転車談義をして帰る。

本日の走行距離:38.8km(距離は短かったけど、な〜んか充実した気分)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
島原サイクリングに隠れた記事になった感じですが、
自転車散策の面白みが伝わってきます。
それ程一般的には知られていないけど気になった歴史上の人物を追う。
自己満足かもしれないけど、いいですよね。
みきたか
2012/11/06 21:28
みきたかさん、こんにちは!
檜垣のことは、10年ほど前に一度聞いたことがあったのですが、その時はあまり印象深く残っていませんでした。今回、ひょんなことから、その人物がとても身近なものに感じられ、詳しく調べるといくつか手がかりが出てきて、その足跡を追ってみました。確かに自己満足の極地で、こんなことはやはり、単独のポタリングじゃないとできませんね。
のぶ
2012/11/06 21:55
おはようございます!ほんと見落としていました。のぶさんのブログは史跡や名水を解りやすくレポートされているのでジャンルを自転車からさらに細分化できますね!
ken
2012/11/07 08:08
Kenさん、こんにちは!
若い頃は、こういう話には余り興味がなかったのですが、興味が出てくるとは人間、変わるもんですね。
明日は名水巡りポタ予定です。
のぶ
2012/11/07 20:46

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